
ギターの世界には、数多くの名ブランドが存在しますが、その中でも「Martin(マーティン)」と「Gibson(ギブソン)」は、アコースティックとエレクトリックの両分野で圧倒的な存在感を放ち続けてきた老舗ブランドです。それぞれのブランドには、ギター史を彩る数々の逸話やトリビアが隠されています。
Martin:伝統と革新の象徴
Martinギターの歴史は、創業者クリスチャン・フレデリック・マーティンが19世紀初頭にドイツからアメリカへ渡り、ギター製作を始めたことに端を発します。Martin社の正式名称「C.F.Martin & Co.」の「C.F.」は、創業者の名前に由来しています。現在もファミリー経営が続き、代々マーティン家が社長を務めているのも特徴です。
Martinの名を世界に知らしめたのは、何といっても「ドレッドノート」と呼ばれる大型ボディのギターです。もともと取引先のディッドソン社専用に特別オーダーで製作されたモデルで、その大きさから当時のイギリス海軍の巨大戦艦「ドレッドノート号」の名が付けられました。日本語で「超ド級」という表現も、実はこの戦艦名に由来しています。ディッドソン社の廃業後、1931年からはMartinの正式なラインナップとなり、D-18やD-28といった名機が誕生します。
また、1965年に登場した「D-35」は、Martin伝統の2ピースバックではなく、3ピースバックを採用した異色のモデルです。これは、当時希少になりつつあったハカランダ材の有効活用を目的に、ギター製作の素人だった社内のコンピューター部門スタッフが提案したアイデアから生まれました。社内の反対を押し切って試作されたD-35は、低音が抑えられた落ち着いた音色で大ヒット。1970年代にはD-28を超える販売台数を記録し、Martinの柔軟な社風が名器を生み出した好例となりました。
さらに、戦後のアメリカの繁栄とフォークブームにより、Martinのギターは生産が追いつかないほどの人気を博し、1960年代にはバックオーダーが3年分にも達したという逸話も残っています。
Gibson:伝説を生み出す革新者
Gibsonは、Fenderと並ぶエレキギター界の巨頭であり、その歴史は100年以上に及びます。創業者のオーヴィル・ギブソンの名を冠したブランドは、ハードロックからジャズまで幅広いジャンルのギタリストに愛用されてきました。
Gibsonギターには、数々の伝説的なエピソードが存在します。たとえば、エリック・クラプトンがクリーム時代に愛用したSG「The Fool」は、サイケデリックなペイントが施され、1960年代ロックの象徴となりました。その後、トッド・ラングレンに渡り、2002年のオークションで売却されるまで、多くの名演を支え続けました。
また、「Lucy」と呼ばれる1959年製レスポール・スタンダードは、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、ピーター・グリーン、ゲイリー・ムーア、そして現在はメタリカのカーク・ハメットと、錚々たるギタリストたちの手を渡り歩いた“渡り鳥”ギターです。その独特なトーンは、ピックアップの取り付けミスによるものとも言われており、偶然が生んだ名器として知られています。
ギブソンのアコースティックギターにも逸話は多く、ジョン・レノンが愛用したJ-160Eは、ビートルズ時代の象徴的なギターの一つです。当時、まだ駆け出しだったジョンがこのギターを手に入れたのは、マネージャーのブライアン・エプスタインの援助があったからだというエピソードも語り継がれています。
ブランドを超えた“伝説”の力
MartinもGibsonも、単なる楽器メーカーにとどまらず、時代を象徴するサウンドやミュージシャンとの出会い、そして偶然や挑戦から生まれた革新によって、ギター史に名を刻んできました。彼らのギターが放つ音色には、こうした数々の逸話やトリビアが宿っているのです。
これからギターを手に取る人も、名ブランドの歴史や裏話を知ることで、より深くその魅力を味わうことができるでしょう。ギターの音色の奥には、職人やミュージシャン、そして時代の息吹が静かに息づいているのです。